脳動静脈奇形(AVM)で脳出血した体験談|突然の激しい頭痛から手術まで

脳動静脈奇形(AVM)で脳出血し13時間の手術を経験した体験談 役に立つ

はじめに

私は以前、突然の激しい頭痛に襲われ、病院で検査を受けた結果、脳出血を起こしていることが分かりました。

その後の検査で、脳出血の原因として**脳動静脈奇形(AVM)**が見つかり、長期間の入院と手術を経験しました。

最初に頭痛が起きたとき、私はすぐに病院へ行きませんでした。

「頭痛くらいなら、そのうち治るだろう」

と考え、痛み止めを飲んで一晩我慢してしまったのです。

結局、翌日になっても激しい頭痛は治まらず、当時付き合っていた彼女に勧められて病院へ行き、脳出血が分かりました。

この記事では、

突然の頭痛 → 病院で脳出血と診断 → 脳動静脈奇形が判明 → 入院 → 手術 → 退院

まで、私自身が経験したことを当時の記憶をもとに書いています。

なお、私は医師ではありません。この記事は脳動静脈奇形や脳出血の診断・治療方法を解説するものではなく、あくまで私個人の体験談です。

特にこの記事を読んでいる方で、突然これまでにない激しい頭痛が起きている場合は、私の体験を参考に「しばらく様子を見よう」と判断しないでください。突然の激しい頭痛は、くも膜下出血など緊急性の高い病気でも起こり得るため、速やかに医療機関へ相談・受診することが重要です。

私のように「頭痛だから大丈夫だろう」と我慢してしまう人が少しでも減ればと思い、この体験を残しています。

突然、経験したことのない頭痛が

突然の激しい頭痛に襲われた男性のイラスト
頭が痛い人

何の前触れもなく、その日はやってきました。

当時、私は一人暮らしをしていました。仕事を終えて家に帰り、いつものようにテレビを見ていたとき、突然、頭に強い痛みが走りました。

時間は夜7時ごろだったと思います。

お酒を飲みすぎた翌日に頭痛がすることはありましたが、この日はお酒を飲んでいません。それまで普段から頭痛に悩まされていたわけでもなく、突然のことでした。

今でも覚えているのは、何かが頭に当たったような感じで、急に痛みが始まったことです。

その後も痛みは治まりませんでした。

食事をする気にもなれないほど頭が痛く、「今日はもう風呂に入って寝よう」と考え、頭痛を我慢しながらシャワーだけ浴びてベッドに入りました。

このときの私は、まさか頭の中で出血が起きているとは思っていませんでした。

「寝れば明日には治るだろう」

その程度に考えていました。

頭が痛すぎて眠れない

激しい頭痛で眠れない男性のイラスト

ベッドに横になりましたが、頭が痛すぎてまったく眠れませんでした。

薬箱を探すと頭痛薬(痛み止め)があったので、それを飲んでもう一度寝ようとしました。しかし、痛みは治まりません。

私は普段ほとんど頭痛がなく、頭痛薬を飲んだ経験もほぼありませんでした。そのため、この時点でも状況の深刻さに気づかず、

「頭痛薬って全然効かないんだな」

くらいに考えていました。

痛かったのは、記憶では目の奥あたりです。

お酒を飲みすぎた翌日に経験したことのある、脈を打つような頭痛とは違いました。目の奥を何かでずっと刺されているような痛みが、途切れることなく続いていたのを覚えています。

テレビを見ようとしても、本を読もうとしても、痛くてまったく集中できません。

仕方なく、ただぼーっとしていました。

それだけ眠れていないのに、不思議なことに眠気も来ませんでした。

今思い返すと怖いのですが、当時の私はまだ重大なことが起きているとは考えておらず、時折頭を叩いたり、振ったりまでしていました。

一睡もできないまま朝を迎える

結局、一睡もできないまま朝を迎えました。

一瞬は仕事へ行こうとも考えましたが、テレビを見ることすらできない状態です。「これでは仕事は無理だ」と思い、会社に**「頭痛がひどいので休みます」**と連絡しました。

ところが、仕事を休んでも頭痛は治まりません。

寝ることもできず、何かをする気力もなく、その日もただぼーっとしたまま時間が過ぎていきました。

この時点で、頭痛が始まってからかなりの時間が経っていました。

それでも私は、自分から病院へ行こうとはしていませんでした。

彼女に連れられて病院へ

一人暮らしだったため、これだけ頭痛が続いていても、誰かが異変に気づいてくれることはありませんでした。

そして、頭痛が始まってから次の夜を迎えました。

当時付き合っていた彼女から電話があり、私は、

「昨日の夜からずっと頭が痛くて、まだ治らない」

と伝えました。

すると彼女は、「そんなに長く頭痛が続くのはおかしい」と心配し、病院へ行くことになりました。

今振り返ると、ここが大きな分岐点だったと思います。

大きな病院の救急窓口で症状を伝え、CT検査を受けました。

CT検査の後、「動かないでください」と言われた

検査が終わり、私が立ち上がろうとすると、

「動かないでください」

と言われました。

すぐに車椅子が用意されました。

「え? 何事?」

それまで「ひどい頭痛」くらいに考えていたので、一気に不安になったのを覚えています。

そして医師から告げられたのが、

「脳出血です」

という診断でした。

そのまま入院することになりました。

胃潰瘍で緊急手術を経験したときとは違い、今回はすぐに手術という流れではありませんでした。薬による治療や検査を受けながら入院し、その後、手術へ進むことになりました。

市販の頭痛薬ではまったく治まらなかった痛みも、病院で治療を受けてからは治まったと記憶しています。

ただ、これは10年以上前の出来事で、当時の治療の順番については記憶が曖昧です。手術前にカテーテルを使った治療を受けた記憶もあるのですが、それがいつだったのか、どの治療によって頭痛が治まったのかまでは正確に覚えていません。

そのため、この記事では記憶が曖昧な治療内容について断定せず、自分が確かに覚えている体験を中心に書いています。

それでも一つだけ、はっきり言えることがあります。

あのとき彼女が病院へ連れて行ってくれなければ、私はさらに頭痛を我慢していたかもしれません。

本当に感謝しています。

長い入院生活と、脳動静脈奇形の判明

脳出血と脳動静脈奇形で入院した際のイメージ

頭痛が治まった後は、入院しながら検査と手術を待つ生活が続きました。

記憶では、手術まで2か月ほど入院していたと思います。

食事は普通に取れていましたが、長い期間点滴をしていました。点滴が続くと針を刺す場所が少なくなっていき、手の甲や足の甲にも針を刺した記憶があります。これが結構痛かったです。

そして何より、入院生活はとにかく暇でした。

テレビを見たり、本を読んだり、音楽を聴いたりして過ごしていましたが、一番楽しみだったのは誰かがお見舞いに来てくれることでした。

普段は当たり前のように人と話していましたが、長く入院してみて、

「人と話すことって、こんなに楽しかったんだ」

と実感したのを覚えています。

手術を待つ間には、CTや血液検査など、さまざまな検査を受けました。

そして検査を進めていく中で、私の脳出血の原因として告げられたのが、

「脳動静脈奇形(AVM)」

でした。

それまで私は、脳動静脈奇形という病名を聞いたことすらありませんでした。

「なぜ自分にこんなものがあるんだろう?」

というのが、当時の率直な気持ちでした。

脳動静脈奇形(AVM)とは

脳動静脈奇形(AVM)は、脳の中で動脈と静脈が正常な毛細血管を介さずに直接つながり、異常な血管の塊(ナイダス)を形成する病気です。

この異常な血管が破れると、脳出血やくも膜下出血を起こすことがあります。また、出血以外にも頭痛やてんかん発作をきっかけに見つかったり、症状がない状態で検査によって偶然見つかったりする場合もあります。

治療には、開頭手術による摘出、カテーテルを使った血管内治療、ガンマナイフなどがあり、病変の大きさや場所、出血歴などによって治療方針が検討されます。複数の治療を組み合わせる場合もあります。

私の場合は、脳出血を起こしたことをきっかけに脳動静脈奇形が見つかりました。

当時はこの病気について何も知らなかったため、「どうしてこんな病気になったのだろう」と考えました。ただ、この記事では原因について自分で推測することはせず、実際に経験したことを中心に書いていきます。

参考:国立循環器病研究センター「脳動静脈奇形」

手術前に受けた「知能テスト」のような検査

入院中にいろいろな検査を受けましたが、一つだけ今でも気になっていることがあります。

手術前に、知能テストのような検査を受けたことです。

当時の私は、

「手術前後で脳の機能に変化がないか確認するためなのかな?」

「すでに脳出血の影響が出ていないか調べているのかな?」

などと、いろいろ想像しながらテストを受けていました。

テストを受けている自分としては、それまでと特に変わった感覚はなく、「自分の脳は大丈夫そうだな」などと勝手に考えていたのを覚えています。

ただ、これはあくまで当時の私の想像です。

結局、私の記憶では手術後に同じテストを受けることはなく、あの検査が具体的に何を目的としていたのか、今でも分かりません。

今になって思うのは、

「あのとき先生に聞いておけばよかったな」

ということです。

入院して初めて分かった「普通の生活」のありがたさ

入院生活が長くなると、それまで当たり前にできていたことが、実はとてもありがたいことだったと気づきます。

好きなものを自由に食べることもできません。

当時の私は、ポテトチップスやチョコレート、マクドナルドなどのファストフードが食べたいと思っていました。コーラも飲みたいし、もちろんビールも飲めません。

当時はタバコも吸っていたので、当然タバコも吸えませんでした。

そして何より、好きなときに好きな人と会うことができません。

毎朝決まった時間に起き、朝・昼・晩と決まった時間に食事をして、病院の中で毎日を過ごす。

しばらくするとそんな規則正しい生活にも慣れてきますが、

「一日くらい好きなだけ寝ていたい」
「好きな時間に好きなものを食べたい」
「自由に外へ出たい」

と思うこともありました。

病気になる前は、そんなことを「幸せ」だと考えたことはありませんでした。

長い入院生活を経験して、当たり前にできていたことは、実は当たり前ではなかったんだなと感じるようになりました。

そして、そんな生活を続けながら待っていた手術の日程が、ついに決まりました。

ついに手術日が決まる

入院して2か月ほど経ったころだったと思います。

先生から、手術の日程が決まったと伝えられました。

待っていたはずなのに、実際に日程が決まると一気に怖くなりました。

「本当に頭を手術するんだ」

それまで検査や入院生活を続けてきましたが、手術日が具体的に決まったことで、急に現実味が増したのを覚えています。

手術前には、医師から手術について説明を受けました。

当然、良いことだけではなく、起こり得るリスクについても説明を受けます。

脳の手術ということもあり、当時の私にはその内容がとても怖く感じられました。

「そんな可能性があるなら、手術しない方がいいんじゃないか」

とまで考えたことを覚えています。

それでも、ここまで検査をして治療を受けてきました。

最後は、

「先生を信じて、きちんと治してもらおう」

と覚悟を決めました。

手術の前日か前々日だったと思いますが、手術の準備として髪を剃ることになりました。

手術前にスキンヘッドに

病院内にあった床屋へ行き、手術のために髪を剃ってもらいました。

普通なら床屋では「こんな髪型にしてください」とお願いします。

でも、このときは希望する髪型ではなく、手術のために髪を剃ってもらう。

スキンヘッドになった自分を鏡で見た瞬間は、さすがに笑えませんでした。

「とうとう手術なんだ」

という気持ちでいっぱいになり、不安しかありませんでした。

ところが数時間すると、

「せっかくスキンヘッドになったんだから、記念に写真を撮っておこう」

という気持ちになりました。

写真を撮って、彼女や友人に送りました。

今振り返ると、怖くて暗くなっていた自分の気持ちを、少しでも明るい方向へ持っていきたかったのかもしれません。

13時間の手術

とうとう手術の日が来ました。

病室からベッドのまま手術室へ移動したのを覚えています。

まだ全身麻酔をする前だったと思うのですが、なぜか手術室に入ったところから先の記憶がありません。

緊張しすぎて、頭の中が真っ白だったのかもしれません。

その後は全身麻酔だったため、当然ながら私自身に手術中の記憶はありません。

後から聞いた話では、手術には13時間ほどかかったそうです。

13時間という時間を聞いたとき、驚きました。

私は麻酔で眠っていましたが、その間ずっと手術をしてくださった医師や医療スタッフの方々がいたわけです。

今振り返っても、本当に感謝しています。

手術後、一番つらかったのは「痰」

私の記憶では、手術が終わってから1日以上経って目を覚ましました。

頭の傷ももちろん痛かったのですが、私にとってそれ以上につらかったのが、意外にも**痰(たん)**でした。

痰が次々と出てきて、喉につかえるような感覚があり、とにかく苦しかったのを覚えています。

自分で出すだけではなく、医療スタッフの方に吸引してもらったこともありました。

「やっと取れた」と思っても、しばらくするとまた痰が出てくる。

正確な期間は覚えていませんが、感覚としては何日間も痰と格闘していたように思います。

当時の私は喫煙しており、手術後の痰についてタバコとの関係を説明された記憶があります。

あまりにつらかったので、

「これだけでもタバコをやめる理由になるな」

と思いました。

……ところが、残念ながら退院後もしばらく吸っていました。

今振り返ると「そこでやめておけばよかったのに」と自分でも思います。

「手術が終わったんだ」と実感

痰のつらさがだいぶ軽くなって、ようやく「手術が終わったんだ」という気持ちになりました。

頭には包帯が巻かれていたため、最初は傷がどうなっているのか分かりませんでした。

それでも、手術が無事に終わったと聞いて、本当にほっとしました。

その後も傷が落ち着くまで入院生活が続きました。記憶では、手術後も1か月ほど入院していたと思います。

初めて自分の頭の傷を見たのは、手術から1週間ほど経ったころだったでしょうか。

「こんなに切ったんだ……」

と少し怖くなりました。

それでも、

「傷は残っても、手術は無事に終わったんだ」

と自分に言い聞かせました。

抜糸をした時期も正確には覚えていませんが、感覚としては手術から2週間ほどだったと思います。

こうして、突然の頭痛から始まった脳出血と脳動静脈奇形の治療は、大きな山を越えました。

脳出血と脳動静脈奇形を経験して

この病気を経験して、改めて感じたのは、健康で普通に生活できることのありがたさです。

好きなものを食べる。
好きなときに外へ出る。
家族や友人と自由に話す。
仕事へ行く。

病気になる前は、どれも当たり前のことだと思っていました。

でも、長い入院生活と手術を経験すると、その「当たり前」がどれだけありがたいことだったのかを実感します。

そして今回、自分の体験を書き直していて、もう一つ強く思ったことがあります。

私は最初の頭痛を、あまりにも軽く考えていました。

突然、それまで経験したことのない強い頭痛が起きたのに、

「寝れば治るだろう」
「頭痛薬を飲めば大丈夫だろう」

と考え、一晩どころか翌日まで我慢していました。

結果的に、私の場合は脳出血を起こしていました。

もちろん、頭痛の原因はさまざまで、頭が痛いからといって脳出血とは限りません。一方で、突然の激しい頭痛には緊急性の高い病気が隠れている場合があります。

だからこそ、この体験談を読んで「自分も同じかもしれない」と自己診断するのではなく、いつもと明らかに違う症状や突然の激しい症状があるときは、我慢せず医療機関へ相談してほしいと思います。

人間は忘れてしまう

とはいえ、人間は不思議なもので、元気になるとつらかったときの気持ちを少しずつ忘れてしまいます。

私自身、あれだけ大変な経験をしたにもかかわらず、その後もしばらくタバコを吸っていましたし、暴飲暴食をすることもありました。

入院していたころの自分が見たら、

「お前、あのとき何を思ったんだよ」

と怒るかもしれません。

この記事を書いた当初は、自分の経験を通して「健康の大切さを誰かに伝えたい」と思っていました。

でも改めて書き直してみると、この記事を一番読んでほしい相手は、もしかすると自分自身なのかもしれません。

普通に好きなものを食べられること。
自由に人と話せること。
行きたいところへ行けること。
当たり前の日常を送れること。

それを幸せだと思える気持ちを、忘れないようにしたいと思います。

この体験談が、健康について少し考えるきっかけになれば幸いです。

私が20歳のころに経験した胃潰瘍・十二指腸潰瘍についても、別の記事で詳しく書いています。
→ 20歳で胃潰瘍・十二指腸潰瘍になった体験談

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